本名...Lim HyangHong (リム ヒャンホン)
在日韓国人三世。
1973年、”京都”に生まれる。

19歳からモデルを始め、21歳の時に上京。
ファッションショー、雑誌、CM、広告...など広きに渡り活動し、テレビ、舞台、映画に表現の場を広げる。
”丸裸”になれる表現はLIMにとって”歌”だった。 
現在はライブを中心とした活動。 声量のある歌声は、無骨で力強く、又繊細で温か味がある。 ハスキーヴォイスが程好く心地良い。
ジャンルに囚われずに歌う曲たちは、懐かしさと新鮮さを併せ持つ。

本名...ウォンビン(自称) Lim HyangHong (リム ヒャンホン)
1973年、雅!?な街”京都”に生まれる。
両親共に韓国籍で、僕は在日三世。男ばっかりの三兄弟の長男。

実家は手前ミソやけど、有名で美味しい焼肉屋さん。肉を人より沢山食べたからかどうかはわからんけど、身長は185cmもある!その お陰でモデルっていう仕事も出来たわけやし、親に感謝!!
ちなみに生まれた時は3000gに満たない小さい子やってん...ははは。 ちなみにちなみに、当たり前やけど、焼肉屋やからって毎日肉食べてたわけではないよん。

初孫ということで可愛がられ、ワガママに育ったかなぁ...。欲しい物は必ずや手に入れなくては!!というのはちっちゃい頃からのもの(笑)
欲しいオモチャは買ってもらうまではデパートの床に寝転がり、テコでも動かない...おかん(母)は引っ叩いたけど、ハンメ(母方のおばあちゃん)は買ってくれた.. .子供と孫の違い(笑) ただのワガママ坊主やったってことやな、簡単に言うたら(苦笑)
今は、欲しい物は頑張って手に入れる...叶えるってこと。

勉強よりもテニスをこよなく愛し、”テニス馬鹿”やったわ、ホンマに。
他に真面目に取り組んだのは”書道”。
ありがちなパターンやけど、興味だけは何にでも示し、習い事は沢山させてもらった。 で、続いたのがテニスと書道のみ...かな。
余談やけど、楽器だけは習わせてもらえへんかった...ピアノ習いたかったなぁ〜...。
おかんは今になって”あんた、ピアノでも習っとけば良かったのに!”って言う。頑なに習わせてくれへんかったんは、おかん...あなたです(笑) 放課後になるとチャリンコと電車を乗り継ぎ、テニスの練習へという毎日。お金も時間もよ〜使いました(お金は親が) あれだけのパワーを勉強に使ってたら、”京大” に入れてたんちゃうかなと妄想してます。

もっともっとテニスが強くなりたかったから、16歳の時にカナダに留学させてもらった。根気よく説得したなぁ〜...。
が、が、しか〜しっ!!!ホームステイのトラブルで予定よりもはるかに早く帰国。おかんは僕が何か悪いことしたからやと怒り狂い、僕は人生の歯車が狂ったと嘆き悲 しみ...おとん(父)は大金を損したと落胆してたことでしょ〜...。
しかしホンマ、おかんはまるで僕が強制送還でもされたかのように僕を悪人扱いした なぁ...ははは。ま〜、無理もないね。
大きな大きな挫折感に苛まれましたわ...トホホ。
おとん、おかん、ごめんなさいでした!!!

その後、19歳で辻製菓専門学校に入学。パティシエの勉強をしつつモデルを始めた。 これまた大金をはたいてもらったにもかかわらず...パティシエの免許を持ってるにもかかわらず、その職に就くことなく...僕はドラ息子。

後先を考えず、ほぼ直感だけで自分を信じて東京行きを決め、21歳で上京。 上京一年目の夏も終わりの頃、ハルモニ(父方のおばあちゃん)が亡くなった...。
しばらく入院したはったんやけど、もうアカンかもと言われながら頑張ったはった。 ちょうどその頃、毎週あるテレビ番組に出演してて、ハルモニはそれを見るのを楽しみにしてくれてた...でもその番組が終わってすぐ亡くなってしまった...。
自分が頑張るというのは誰かに何かパワーを与えることが出来るのかな、とその時思った。 だからむっちゃ頑張らなアカンって強く思った。

東京コレクション、ソウルコレクション、テレビ、コマーシャル、広告、舞台、映画...。沢山の表現する場を得ることが出来た。

大きな影響があったのは、まずソウルコレクション
僕はどうしても祖国である韓国で仕事がしたかった。どうしてもね!!! どうにかコレクションに出演したいが為に何度も何度もソウルに飛んだ。お金はめっちゃかかったけど、マイレージは貯まった(笑) ラッキー☆
チャレンジ一年目、無謀に乗り込んだので見事に玉砕された...。
逆切れで「韓国がなんぼのもんじゃっ!!」なんて思ってみたりして凹んでた(苦笑)
でも諦めるわけにはいかない!!翌年再チャレンジ...あれよあれよという間に仕事が決まった。うまく行く時はそういうもんかな〜。あまりの嬉しさにホテルで一人 泣いた。(ちなみにニューヨーク、ロンドンに行った時は悔しくておいおい泣いた...ははは) 親に電話して報告...コレクトコールではございません...喜んで もらいたくて、喜びを伝えたくてね。
諦めへんかったら叶うって知った

もう一つは映画。 「John&Jane Doe」主演。監督は俳優の”坂上忍さん”。えらい長いオーディション期間があって集中力を保つのがホンマに大変やった。少し ずつ絞りこまれていき...ある時、自分に波が来てるって感じた。その波に乗らないわけにはいかない!自分で泳いでって、例え溺れてでも何とかその波を掴んでやるっ て思った。
そこで僕がとった手は”大きく出る”ということやった。
デスカッションがあった時に監督が”この映画取れると思う奴は?”と投げかけた。 即手を上げた僕。理由を聞かれて”今自分に波が来てると思うから僕が取ります!”と答えた。
監督は”取ってみろ”と言った。何でか鳥肌が立った。
もう一人手を上げた奴がいる。
その彼女と僕は映画の仕事を得た。
これまた嬉し泣きした...それも渋谷駅のホームで(笑)
ちなみに撮影は韓国のソウルで。嬉しかったな〜。
波が来てるって感じたら、何が何でも乗らなアカンなと。チャンスは何回も来ないから。有言実行ってカッコイイと思った(笑) 無言実行も結構洒落てるって知ってるもん♪

でも、どの仕事も僕にとっては大きな意味を持つもので、それらがあるから今があるもんな〜。物事には結果だけではなく、プロセスってもんがあるし。プロセスなくし て結果は得れないしね。
その過程には自分の努力はもちろんやけど、周りの協力や応援があって...自分一人だけの力で何かを築くことってそうそう無いってこともよくわかった。 いつも感謝してなアカン!

歌えてる今、僕は最高に幸せ!!!
Jazzの曲を歌った時に”そんなのがJazz?”なんて言う人もいた。
カテゴライズされるのは大いに結構なんやけど、僕に”ジャンルは何?”って聞かれても正直わからんねん(汗) ジャンルなんか関係なく、歌いたいのを歌ってるし、 その曲の音と歌詞を描いて情景とか色、音、匂いとか...が自分なりにわかることが出来たら、その曲を歌う、歌いたいって思う。ただそれだけやねん。
Jazz、Blues、Soul、Rock、Pops...ジャンル???あえて自分の口で言うならそれは
「LIM」
生意気かも知れんけどそう答えてる。
聞いてくれた人が判断して好きなようにジャンル分けしてくれていいかなって。 歌は歌やん♪ 難しく考えたら、歌えんようになってまうわ...。
歌うことって、喜びや悲しみ、苦しみ...豊作を願ってとか感謝してとか、新たな生命に対して、逝く者に対しての送る為とか...そういうことやったんやと勝手に 思ってる。
そんなむっちゃ自然な歌うということを今やれてて、ホンマにホンマに幸せやし楽しい!!!

僕は自分に期待してる。生まれてきた意味、自分なりに少しずつわかってきた。器用なことばかりは出来ひんけど、ブッサイクで例え遠回りであっても欲しい物があるから、僕は生きるし生かされる...。

最後に、おとん、おかんに...生んでくれてありがとう!この声を与えてくれてありがとう!!!
チュッ♪ハグハグ♪

God Bless You!!!